連載 その⑥

ございます と おります と でございます

「お客様、お足元にお気をつけて。低くなってございます」と言われて、わたしは足を止めた。レストランに入り、薄暗い店内を案内されたときのことである。低くなってございます? わたしの<なんだか変アンテナ>に触る言葉だ。「低くなっております」じゃないの? でも、わたしはお行儀よく、ハイ、と答え、そのときはなにも言わなかった。しばらくしてメニューが来て、今日の料理の説明が始まった。「きょうのお勧め料理は鯛の蒸し煮となってございます」。う~ん、やっぱり変。レストランで、このような言葉の使い方がこのごろでは普通になってしまっている。もしかして、これを読んで、どこが変なの? と思う読者もいるかもしれない。

 <低くなっています>をさらにていねいに言うときは、<低くなっておりま>でいい。<低くなってございます>とは言わない。<おります>は<いる><います>の丁寧語である。「今日は六時まで会社におります」「いまは特売でこの製品は安くなっております」と使う。わからなくなったら、<います>で言い換えられるかと心の中で訊いてみればいい。いっぽう、<ございます>は<ある><あります>の丁寧語。「低くなってあります」という言葉使いはない。

 では「鯛の蒸し焼きとなってございます」ではなにがおかしいか? 「蒸し焼きとなってあります」との言い換えができないから、文法的に正しくない。文法的には「鯛の蒸し焼きとなっております」が正しいが、これでは、メニューにそう書かれている、と説明しているだけで、よそよそしい。だが、ここで、「今日のお勧め料理は鯛の蒸し焼きでございます」と言われれば、客は勧められているという気分になるではないか。

 この三番目の表現、<でございます>は、言うまでもなく<である><です>の丁寧語だが、これを使うべきところに<となってございます>という、まことしやかな表現が使われているので、いまおかしな具合になってしまっているのだ。ややこしいですね。わたしがウェイターの方に「今日のお勧め料理は鯛の蒸し焼きでございます」と言うように注意したか? いいえ、しませんでした。なんだか、一生懸命に説明してくれているボーイさんにうるさいことを言うのが申し訳ないような気がして。でもやっぱり言うべきだったのかしらと少し迷っています。