1月31日(金)
書店の新刊書が並ぶ近くに「百歳」「老年」といった文字が入ったタイトルの本が集められている。老いて、さて、どうしようと考える人が多いのだろうか。日々、生活していられることが何より、と思うけれど。
1月30日(木)
命日の26日から誕生日の31日まで、毎年とくに母を思い出す数日。今年は母が好きだったスイートピーを、ある限りの色を混ぜてもらった。柔らかい色が特徴かと思っていたら、濃いオレンジ色もあって、優しく華やか。
1月29日(水)
『イし本』て何? インドネシアの推しを集めた本だった。多くの書き手がネシア在住で、とにかく面白い。送ってくれた佐々木信子さんだって知性感性人生をインドネシアに捧げている。映画のコラムだけで6千本近くも!
1月28日(火)
新潮社の『波』2月号に、杏さんがエッセイ「パリ細うで繁盛記」で、あのバリャドリッド(スペイン)でのジグソーパズル世界大会に出場した時のことを書いている。女優として、もっともっと成長していってほしい人。
1月27日(月)
『神奈川大学評論』107号が送られてきた。特集は「空想」で、メディアで多く見かけるタレント的筆者でない顔ぶれがいい。岡村俊明・特別寄稿「中野好夫ー沖縄論をめぐって」に惹かれた。新崎盛暉さんも懐かしくて。
1月26日(日)
コハダ・コノシロの漁獲高日本一が船橋市だと知らなかった。第一、近くの船橋に漁港のイメージを持っていない。地図を見るのが好きなのに、灯台下暗し。デジタル朝日のニュースQの正解がなかなか5分を越えない。
1月25日(土)
昨日、診療所でコロナ予防接種を受けてきたので今日は静かに過ごす。当初の喧騒とは打って変わり、区から送られた予診票を持っていき即座に打ってもらう。自己負担額は2500円。棟の前のサザンカ並木がほぼ満開。
1月24日(金)
家にいる場合、午前が好きで、午後から夜にかけては何となく過ごす時間になる。よく朝4時過ぎに目覚めると新聞を読んで二度寝するのだけれど、今朝はそのまま起きて楽しかった。予定のない時は午前を長くしよう。
1月23日(木)
アンジェラ・カーターの短編小説『The Kiss』で幻想的なウズベキスタンに触れて、中央アジアはほとんど知らないままだと、しみじみ思う。あらためて地球儀を眺めて、ジョージアをむしろヨーロッパに近く感じるのは、なぜ?
1月22日(水)
トランプ大統領就任で、受験シーズン中の日本の中高生たちにも影響がある。アラスカ州にある北米最高峰の名前が10年前、せっかくアラスカ先住民の呼称デナリに変わったのに、大統領令でまたマッキンリーに戻る。
1月21日(火)
約500ページの校正をぎりぎりに終えて、勝どきのしごと場で晶文社の深井さんに渡す。寝不足でスマホは忘れるし、ひどくトンチンカンなことばかりしていた一日だった。あとは再版に際しての短いあとがきを書くこと。
1月20日(月)
いま夕方の4時半。ガラス戸を前に座り、その上半分をしめる空を見ている。左側は青空で光を含んだ白い雲がいくつか。右側では灰色の雲が切れぎれに形を変えながら青空を押し退けている。ああ、もう全体が薄まってきた。
1月19日(日)
家にいられる午前中は本当に美しく貴重なとき。校正に添削に、いちばん穏やかに真剣に取り組めるとき。家事を心晴れやかにリズミカルにできるとき。気になっていた手紙を書けるとき。でも、すぐ午後になってしまう。
1月18日(土)
イッセイ・ミヤケがオムを発表し、男性のファッションも優しくなったけれども、もっと男女差がなくなれば楽しいと思う。女性が男性に近くなるよりも、みんながそれぞれ好きな綺麗な色を身につけているような。
1月17日(金)
なぜか、まだ冬のコートを着ていない。白いコーデュロイのパンツに合わせてソックスも靴も夏と同じ白。焦茶の短いコートに水色の毛のストールを巻く。今日はさすがに北風が冷たかった。明日から3日間は翻訳に没頭。
1月16日(木)
ヴァシュリ通信を読んでいるよ、と言われるのはうれしい。でも私のことは全部知っていると思われたくはない。その辺りが私がひねくれている証拠。自分のことは何も話さずに早く亡くなってしまった友人に怒りたい。
1月15日(水)
40年近く前に自分が訳した本を見直している。あの頃はそこに出てくる作家や作品の多くを知らなかった。レッシングもアトウッドもウルストンクラフトもその後に出会った。知っているのと知らないのとでは大きく違う。
1月14日(火)
これでいいの? いかにも安い時計よ、縁が木製じゃなくてプラスチックよ、と義妹からも娘からも言われながら、佐喜子姉が最後の部屋で使っていた置時計をもらった。文字も形もシンプルでわが本棚の一角にぴったり。
1月13日(月・休)
気分が沈んでいる。なぜということなく、あまりに何もなく原稿を読むのに疲れたのかもしれない。ふと10年前はどうだったか、その頃の98字を読むと変わりなさに愕然とする。でも変わりたいわけでもない。では音楽。
1月12日(日)
子どもはキラキラ光るものが好き。バスやメトロの中で、よく赤ちゃんが私の持つ杖のシルバーの柄に目を止め、近くだと必ず触りたがる。触らせてあげたいけれど、お母さんは手が触れることが気になるでしょうね。
1月11日(土)
昔からそうだった。最後の一口がどうしても食べられない。すべて、というわけではなくて。がんばっていると、そうなる。翻訳もそう。あと1ページで終わるのに、やりたくなくなって別のことをする。なんなのだろう。
1月10日(金)
アンドレイ・コロベイニコフというピアニストがポーの The Bells を朗読しながら演奏するという。でも浜離宮ホールで終演は9時過ぎ。チケットがまだあることまで確かめながら、やっぱりやめる。jingling and tinkling ・・・
1月9日(木)
横浜の講座は今月、休ませてもらう。その貴重な昨日、Of Woman Born の原書の最終部分を2時間も探した。仕方ない、先にあとがきのチェックをと思い、なんとそこに答えがあった。原書では最初、と自分で書いていた。
1月8日(水)
届いた賀状に寒中見舞いを出すのはそれなりに爽やかだと知る。元気なのかどうか案じながら暮れのうちに書かなくていい。昨年のパリオリンピックを見られないと断言していた友人が三人とも「生きて」いてよかった。
1月7日(火)
午前中に配達するとヤマトからメールがありながら届かない書類、簡単な確認なのに、すらっと行かない書類・・いろいろうまく進まない一日だった。朝くるはずの書類は結局、雨で遅延して夜9時の今、まだ届かない。
1月6日(月)
岩波の『図書』の表紙で今年1年、志村ふくみの古裂が見られて、毎月、別の詩人が、その裂に想う詩を寄せるという。1月は真白の地に紅色の濃淡の正方形の美しいこと!詩は青野 暦「our music」。志村ふくみ、百歳。
1月5日(日)
ユンディ・リのリサイタルがあちこちで開かれている。心が揺れるけれどマチネーはない。李雲迪と書くらしい。李云迪もある。モーツアルトとショパンでまとめている。ショパンのノクターンをCDで聴くことにしよう。
1月4日(土)
山口県美祢市で超人気のパン屋さんはパン作りを独学した三児のママ。生後すぐから高校を出るまで養護施設で育ち、寮のある所にしか就職できなかったが、世に出て、いかに大切に育ててもらったか分かり恩返しという。
1月3日(金)
簡易書留を受け取りに締切日の締切時間ギリギリを指定して勝どきまで行く。便利なようなことに時間がかかる。銀座からバスで歌舞伎座や築地場外市場を眺めながら隅田川を渡って降りる。15分たらずの正月風景見物。
1月2日(木)
元旦付の新聞は広告も明るい。小学館のピッカピカの『小学一年生』は今年、百周年。一方、東京に千カ所ある子ども食堂でボランティアをする83歳の方は、私と同じく満洲から引き揚げてきて空腹の痛みを知っている。
1月1日(水)
姉を偲んで静かに過ごす元旦。でもお付き合いいただく気にはなれず、お年賀状はうれしく受け取る。松の内が過ぎた頃に届くよう、寒中見舞いの葉書は用意した。とにかくゲラ読みを終えなくては。ぎっしり500頁!