2026年5月

5月31日(日)
私「今日の満月はとりわけ綺麗よ」娘「そうね、ブルームーンらしいよ」とメッセージのやり取り。滅多に見られない1ヶ月に2度目のフルムーン。願いをかければ叶うのかしら。地球に「穏やか」の幕をかけてください。


5月30日(土)
予定になかったジャン=マルク・ルイサダのピアノ・リサイタル。マチネーだから、というだけで美礼に励まされて出かける。足元が覚束なくてタクシーで浜離宮朝日ホールへ。ショパンのマズルカ全曲1番から41番まで。


5月29日(金)
昼間の気温が32度。外では風が強くて涼しさも感じられたものの家では、なんと冷房を入れてしまった。明日は「低下し最高で28度」とのこと。本当に気候変動を日々、実感させられる。紫陽花は例年のように咲きだした。


5月28日(木)
行かれなかった鎌倉近美での福田尚代展「あわいのほとり」の作品リストや長い回文を印刷した紙頁を瀬野さんからもらって嬉しい。とくに『翼あるもの/岬』の66点の書名と見える部分の文字すべては額に入れたいほど。


5月27日(水)
時間が足りない。いろいろなことの準備が間に合わない。先週、講座がなくてのんびりしすぎてしまった。それだけ好きな本が読めたりしたのだけれど、そのしわ寄せがドドッと押し寄せてきた。書きたい手紙もあるのに。


5月26日(火)
20数年前に横浜の翻訳塾毎週クラスの人達14人と食事をして撮った写真をみる。ほぼスタート時に近く、確かに今より若い。でもこのうち5人は今も続けていてくれるし、私が多分明日も着るイッセイのブラウスは同じもの!


5月25日(月)
歯科へ。危うくなってきた歯並び。まだ何でも食べられるけれど、これまでの失敗はハイチュウ、コーン入りブレッド、お餅、ガム・・固いものより粘着性の強いものの方が要注意。歯がすぽんと抜けないように。


5月24日(日)
昨日の笠井叡さんのダンスは中上健次の『重力の都』に触発されて生み出されたという。午前中、唐澤るみ子さんと電話で話していたことが何かの符号のようにぴたっと合った。時とか空間を超えて擦れ違うものがある。


5月23日(土)
『笠井叡 Post BUTOH 重心懲罰』に美礼と中野テルシプコールへ。17時開演という、私の行けるギリギリの時間。爾示さん撮影の写真をバックに終始ソロで目眩く場が生まれ、消えたかと思うと濃密に漂う。久子さんの隣りで。


5月22日(金)
新宿の毎週クラスだけ、古代メキシコのテオティワカン発掘にまつわる紀行文に取り掛かり始めた。出席できない受講者が増えたため完全に郵送式にし、教室での説明がない分、課題は長め。楽しんでもらえたら嬉しい。


5月21日(木)
漢字とカタカナの組み合わせを美しいと思う。「ガラス箱」は素っ気ないけれど、「硝子函」にガラスバコとルビをふれば森茉莉か足穂の世界になる。国の名前の漢字書きもいい。仏蘭西、西班牙、瑞典など。波斯もきれい。


5月20日(水)
数日、矢川澄子に集中して手元の本を見ている。29日が亡くなって24年目。翻訳界でもっと確かな位置付けがされなくてはならない人。1988年に第1回日本ファンタジーノベル大賞(読売)の選考委員を引き受けてくれたし。


5月19日(火)
家が気持ちよすぎて講座がある日以外、外に出たくない。昨年まで映画や美術展行きが気軽だったのは勝どきに拠点があったから。映画の開演20分前に、行こう!と決められた、あのテンポを取り戻す生活を考えなくては。


5月18日(月)
ポストへ行き、シラスを買おうとマルエツでカートを引き出していると、すれ違いざまにポンと籠を乗せられてびっくり。知らない(多分)男の人で、ありがとうございます、と声を上げると温かな笑顔を見せて去った。


5月17日(日)
棚のガラス扉を引いたら落ちそうになったのは片手に乗る小さなオルゴール。透明のプラスティックのピアノの中に金色の装置が収まっていて、底のゼンマイを回すと澄んだ音が響いてきた。15、6はあるはずの自鳴琴。


5月16日(土)
矢川澄子さんが『作品集成』に挟んでくれた手紙に「こちらは本当に貧乏籤を引いちゃったみたいですけれど、それなりのメリットはあります」。そうですよね。「おしゃべりの機会、待っています」とのこと、私も。


5月15日(金)
せっかく、五月女先生の授業が直接ジョージアからだったのに、しかも私がトップバッターだったのに、ズームの画面が開けなくて、もうダメかと思っていたらやっと通じて、30分くらい遅刻してしまった。がっかり。


5月14日(木)
今日は気分低調。新宿での講座中は機嫌良く話せたと思うものの、帰りに寄ったスーパーで積まれた野菜や果物を手に取っては戻して選ぶひとがいて、心の中で八つ当たり。私は絶対にしないかといえば・・・する。


5月13日(水)
読んだはずの本でも、いま読むと全く新しい事やコトを発見する。吉増剛造・自伝で若林奮が立高の二年上だったのだと知る。感動的な彫刻を忘れていた自分が情けない。しかも20年以上前に亡くなっていたなんて・・


5月12日(火)
ケン・ローチらしく『オールド・オーク』でも終始、人間の感情が剥き出しに表れる。その中で、ヤラが撮った写真を引き伸ばして皆に見せる時のシリアの伝統楽器ウードの演奏が良くて、あのシーンをもう一度観たい。


5月11日(月)
ケン・ローチ監督最後の作品といわれる『オールド・オーク』を観る。北部イングランドの炭鉱町で唯一のパブを中心に、シリア難民の受け入れで揺れる人々の心が描かれる。脚本ポール・ラヴァティの名を忘れるまい。


5月10日(日)
これをヴァシュリ通信としたのは16歳の私の印象を誰かに「皿の上の林檎」と書かれたからで、ヴァルスクヴラヴィ(星)でもヴァルディ(薔薇)でもよかった。ジョージア語が好きなのはヴァに惹かれるかららしい。


5月9日(土)
数日、ある思いに囚われていた。新聞の仕事の流れで英語を訳し、趣味で5、6の外国語を習い遊んできたが、専門のインドネシア語とオランダ語を役立てるべきだったかな、と。今からでもと、ふと思ったのだ。遅すぎ。


5月8日(金)
ジョージア語のオンライン授業では私の後ろの壁にピロスマニの『マルガリータ』があって、画面に入る。夕刊でみた大野隆司の木版画はシェンゲラヤの映画『放浪の画家』からイメージしたマルガリータとピロスマニ。


5月7日(木)
一度、ここに書いたものを取り消す。1万円で高級車レクサスを買った若者のこぼれ話で面白かったものの、それを読んだのがYouTubeで、もちろんsubscribe してではないにしても、この種の無駄な時間はもう持ちたくない。


5月6日(水)
今日はまだ連休中だった。でも朝日カルチャーは講座を開いているし、行く途中ゴミの回収は始まっていた。とにかく横浜ではクラスの人たちと一緒にココアを飲んで、帰ってきた。わーい、5月は予定のない日がいっぱい!


5月5日(火・休)
マルエツに行く途中、道を頭上で横断して30匹ほどのコイノボリが泳いでいた。きっとあちこちで子ども達向けの催しがあるに違いない。町は静かで出会うのは高齢者かインドの人たち。冷えたメロンを家で食べる。茨城産。


5月4日(月・休)
映画か美術館か、とチェックすると、やはり平日より混んでいる様子。再来週まで待とう。家で映画館の席まで予約して行くって、なんか凄い。でもできれば隣が空いていると楽だし、直接、観る寸前に決める方が好き。


5月3日(日・休)
「戦争をするな! 憲法を守れ!」の市民意見広告で今年も朝刊の1頁全面を9469人の名前で埋める。去年、私の名前を見つけたと言ってくれた人がいた。山梨幹子さんの名前があってうれしい。難病を克服した証ね。


5 月2日(土)
横浜のクラスあり。楽しく過ごす。漫画の世界の紫キリンと橙リスの話。横浜も日本橋も駅がひどい混雑ぶり。地元に戻ると閑散としているので、やはり出掛ける人の方が多いということだろう。昨日の雨で緑が艶やか。


5月1日(金)
朝の翠雨のため家にいて書棚の整理を始めてすぐ、『追悼 伊東定典先生』につかまる。2002年。私はいつも自分の位置づけが判断できず、何かの委員、理事といった役割を振られると先生に背中を押していただいた。