7月31日(金)
ふと部屋の端に立って、雑然とした全体を眺めた。そして、ああ、ここが好き、と思う。テレビが壊れたまま、買い直しもせず多分、20カ月以上経っている。もしかすると、もっと長く。しんと静かな部屋が本当に好き。
7月30日(木)
こぼれそうに光をためた昨夜の満月。10時ーわが家の斜め上の空を敷物を広げたように藍色の雲がきれぎれに覆い、ふと、その雲のひとつを光で押し除けてキラキラと揺れる月が現れた。今日はそこを稲妻が横向きに走る!
7月29日(水)
満谷さんと魚魯魚魯で牡蠣フライ、その後ベジタリアンのカバットさんを加えてコージーコーナーでお茶とケーキ。強烈な暑さに私は普段着にサンダルで。昨日夕方の熊本県地震は震度7だった。被害が大きく痛ましい。…
7月28日(火)
間違えてGoogleに自分の名前を入れたら自分の文章に出会った。林のり子さんと同道した広島と山形への小さな旅の記録だ。何に書いて、ここに載っているのか。2000年の秋で、宮庄ミツヨ先生が88歳とある。お会いしたい。
7月27日(月)
Digital 朝日・ニュースQを毎朝楽しむ。先週、2度目の8日連続正解だったのに、この2日続けて×だった。国会に60カ所以上ある喫煙所の数を2カ所としたのと、百年前と比べた今の日本人の顔。鼻が高くなったのですって。
7月26日(日)
神戸市の室内管弦楽団が市から、解散につながる補助金打ち切りを通告された。策として正規楽員の数を絞って客演を増やすと本来の楽団ではないと言われ、その反論となる、いい記事を吉田純子編集委員が書いている。
7月25日(土)
作家・林真理子が書いているー「80代になると たいていボケるか死ぬ」。だから70代よ、楽しんで生きよう、という趣旨らしい。本当にその通り。私は物を捨てることに、ようやく惜しむ気持ちや躊躇いがなくなった。
7月24日(金)
今日は半ページもの長い部分が私に割り当てられていて、少しでもまともに読めるよう、午後に練習。コルツィリス(結婚式の)、コルツィルシ(結婚式で)、ムトゥレディ(鳩)、ムトゥレデビダン(鳩達から)・・
7月23日(水)
暑いとどうなるか、忘れていた。午後1時半という日照り真っ盛りに、日傘だけで7分ほど歩いたら汗が吹き出した。新宿に着いて授業までに何とか収められたものの、これはちょっとどうにかしなくてはならない状態。
7月22日(水)
酷暑! 愛知や岐阜で40度を記録し、東京も37度まで上がったらしい。陽の当たる所では、もわっと熱気に包まれる感じがして建物や乗り物の中に逃げ込む。50数年前の今日は青空がきらきら光り、空気は爽やかだった。
7月21日(火)
ありがとう と ぼくがいうと めじりのよこじわのせんが すこし ふかくなった(今朝の鷲田清一選「折々のことば」から)。二人一組で互いを見つめながら書く詩のひとつの一節。大阪の釜ヶ崎で。なんて素敵な。
7月20日(月・休)
笠井叡さんが米・シアトル近くのサリッシュ・シー舞踏フェスティバルに招聘され「重心懲罰」を踊るという。久子さんが、中上健次の自筆葉書の一部が読めるコピーが励ましになったと書いてくれて、とても嬉しく思う。
7月19日(日)
さすがに今年は日傘が欲しいかなあと思っていた。娘から「これが一番いい」とお墨付きの一本が届く。軽いうえ、カタッと開きやすい。頑固に傘をささないでいたけれど、これからは陽射しも避けられそう。苦手な夏に。
7月18日(土)
2時間も電話で話す。彼女がクリスチャンとなる洗礼を受ける寸前で、ある直感に打たれて思いを変えた感動的な話をきく。その上での太田司祭との心を開きあった往復便があるのだろう。稀有な友人唐澤るみ子さんと。
7月17日(金)
カトリック・太田勝司祭の人生の記録を読み、真言宗寺院・廣澤隆之住職の訃報に来し方を聞き、どちらも深い祈りに満ちていたと知る。太田さんとは中学生の時に駅でよく会い、大学生の廣澤さんには新聞社で通訳をお願いした。
7月16日(木)
日々、近い人や遠い人との別れがある。会ったことがなくても書物や業績を通じて教えを受けた人もいる。訃報で生れ年が同じだったと初めて知ることもある。縁のあった人との別れは、ただひたすら寂しく、懐かしむ。
7月15日(水)
午後から日本橋界隈で娘の早めの誕生日祝い。三越本店のTaoで好みの服をじっくり見る間、私は低い陳列台から商品をどけて座らせてもらう。千疋屋フルーツパーラーの豪華なパフェで少しはお祝いらしくなったかな。
7月14日(火)
シャリアピンの来日公演は1936年だったとか。日比谷公会堂で4回。その時、帝国ホテルのシャリアピンステーキが生まれたわけ。今もレストランのメニューにあるという。ダイベックの短篇を訳していてここに行き着く。
7月13日(月)
古紙回収に出すには勿体ないと思う本100冊くらいを4箱に入れて立高寄付にしてみる。大した本ではないけれど、少しでも役に立つ額になるのならまたやってみたいと思う。とにかく郵便局や宅急便のシステムは力強い。
7月12日(日)
朝刊で、パリでコムデギャルソン・オムプリュスの来春新作発表をした川久保玲への朝日の取材を読む。テーマは「If The War Were To End・・」。昨秋は「To Hell With War」だった。「格好いいものを着てもらいたい」。
7月11日(土)
午後中、美礼が主に古い食器類を処分してくれた。溜まっていた沢山のダンボールや燃えるゴミも、強い日差しの中、サングラスと日傘姿で捨てにいく。コムデギャルソンと「ムーミン」のコラボ Tシャツがカッコいい。
7日10日(金)
シリ・ハストヴェットの「ゴースト・ストーリーズ」が『波』で6回目にして2024年4月30日のポール(・オースター)の死に至った。いずれ本になるにしても、この7月号はとっておこう。柴田元幸さんに敬意を表して。
7月9日(木)
小学校、中学校、高校・・の時のフルネームが変わったために、結婚以降に音信不通となる女性は数限りなく多い。それは一人の人生できわめて重要なことなのだと本人も家族も社会も意識するべきだと思うのだけれど。
7月8日(水)
パトリアの1階に南・北インド料理店「マドゥラムビラス」を発見!どうして今まで誰からも聞かなかったのかしら。去年の末にオープンしたようなのに。店の前にあったメニューをつぶさに研究する。添削を横にどけて。
7月7日(火)
明日と明後日の翻訳塾で返す分の添削が全く進んでいない。どうしたわけか直しがあまりに多くて、コメントや説明まで入れていると一人に1時間かかる。分量も多くなり過ぎているのかもしれない。次の課題も探さなくては。
7月6日(月)
今日は質素に、でも心静かに過ごす。歯のクリーニングに汗だくで歯科に行かないようタクシーを待つものの、つかまらず、結局178円×2のメトロ代だけ。帰りにマルエツで生姜、大葉、茗荷を買って、これから冷や奴に。
7月5日(日)
サッカーに興味はないけれど今回のWCではカボベルデという国を知った。決勝Tでメッシのいるアルゼンチンと延長までいく試合をして注目された。私の小さな地球儀にもちゃんと名はある。点でしか表されない小さな国。
7月4日(土)
(続き)それが最近、思いがけない問い合わせがあって驚いたりする。その都度、読み直しては、もっと広く知られてほしかったと思う。作品だけでなく、各巻につけられたエッセイは今、共に考えたい示唆に満ちている。
7月3日(金)
『女性たちの同時代 北米黒人女性作家選』が全7巻で刊行されたのは1981〜2年。画期的な企画で、内容は今も新鮮だ。作家も訳者も解説者も表紙画家たちも女性だった。でも売れなくて増版にならず、ひっそりと消えた。
7月2日(木)
部屋の大きなガラス戸の外はほとんど木々の緑と空。しとしとと続く雨でいっそう葉が茂り緑が深くなっている。早朝に「これから福岡。羽田に向かっている」と娘からメッセージ。飛行機は雲の上を飛んでくださいね。
7月1日(水)
もう7月。バスでメトロで幾度「ありがとうございます」と言うことか。とみに私の足元の頼りなさが目立つらしく、席を代わってくれるのは元気そうな年配の女性が多い。若い人達、もっとカッコよく振る舞ってみれば?