7月31日(木)
美容院に行ったもののシャンプーの姿勢をとるには腰が痛く、カールを断念してカットだけ。家で鏡を見ないので、大きな鏡に映る自分の顔にびっくりする。わあ、80代! 帰りは熱風の中を歩かずにタクシーの迎えを頼む。
7月30日(水)
夕刊TV欄でテレビ朝日が今夜の「世界水泳でカナダの超絶美女スイマーが世界記録連発」と予告。どの競技ででも美女を探す超ダメメディアが絶えない。美しさには様々ありアスリートとしての評価とは関係ないのに。
7 月29日(火)
部屋でいつもの肘掛け椅子に座っていると、ガラス戸の外に1本だけよく揺れる木がある。ほかの木はムスッと黙って暑がっているのに、その木だけ葉を茂らせた長い枝をゆさゆさと振り回す。風ね。そこは涼しいのね。
7月28日(月)
言うのも恥ずかしいけれど、これまで私は冷麦と素麺の区別をちゃんとつけられなかった。今になって好きなのは素麺だとはっきりした。茹で時間が短かくて冷やすとキリッと締まって喉ごしが心地よい。夏はソーメン。
7月27日(日)
柚木麻子という作家を私は知らなかった。大体、どの分野でも若い世代について疎い。何かの拍子に触れることがあって瑞々しさに感動する。今の日本の社会を絶望的に思うこともあるけれど、40代、50代が希望をくれる。
7月26日(土)
今日を最後にして朝日の土曜日夕刊がなくなる。夕刊は月〜金のみとなるわけで、今のメディア状況ではいずれ夕刊なしでいいと思う。ただ文化面にしわ寄せがくると思うので、朝刊の頁数を増やしてカバーしてほしい。
7月25日(金)
角野隼斗とジャンマルク・ルイサダが連弾!クリスマスに東京で!ルイサダはCDでどれだけ聴いたことか。リサイタルにも行った。ステージの袖からサッ、サッと歩いてピアノの前に座ると同時に弾き始めた。最高だった。
7 月24日(木)
翻訳塾の授業をしている時がいちばん元気のよう。どこも痛くない。困ったことがあったら何時でも行くから、と言ってくれる人がいてありがたく、嬉しい。これからどうなっていくのか心許なくチョコレートを食べる。
7月23日(水)
昨日は夕方に美礼が来て、二人で盛大に不用品捨て。ゴミは毎日捨ててね。はい。持参のお赤飯のお弁当が美味しかったけれど、本当は今日が誕生日。何もできず、カードだけは今日、あちらに届いているはず。素敵でいてくれてありがとう。
7月22日(火)
「御破算で願いましては」という言葉が懐かしく思い出されたのは何がきっかけだったのか。学校以外で算盤を習ったことはないけれど、算盤の珠を弾いてご明算になるのは嬉しかった。人生では御破算を重ねている。
7月21日(月・休)
日本ジャーナリスト会議大賞を得たスクープ「自民党派閥の裏金問題」は「赤旗」日曜版によるものだった。その問題が晴れぬまま昨日の選挙では共産党は議席数を落とし、「さや」という外国人軽視の歌手が東京で2位当選。
7月20日(日)
大丈夫と思いつつ、動きは半分。B-tech でのチョウ・カエのピアノ演奏会に行く予定だった。高橋悠治の曲もあり、とても聴きたいプログラムで楽しみだった。なのに・・・椅子に座っていられる自信がなくて断念する。
7月19日(土)
ようやく日常に復帰。ベッドから起きる時に痛む腰は5分ほどで収まる。後は大丈夫。力が十分入らなくて、ゆっくりと歩いてはいるけれど横浜の講座にも行けた。参議院議員選挙の期日前投票には行かれず、明日が本番。
7月18日(金)
アットランダムに毎日1冊、美術展の図録を見ていると、その背後の状況が思い浮かぶ。会場、交渉、図録の製作などから、1960年代は貧しさや古さを引きずっていたと思う。そこから10年刻みでお金が物を言うようになった。
7月17日(木)
夜中になにか食べたいと思うことは全くない。朝に起きてすぐおなかが空いたと思うことはよくある。なのに本当に初めて、夕べ2時半頃、雪印のチーズを一切れとヨーグルト「牧場の朝」を一つ食べた。不安なのだと思う。
7月16日(水)
毎朝、デジタル朝日のニュースQに応える。見事な三択で、知らないことは理詰めで考えるか感で答えるか。ピンとこなければ自分の理想を選ぶ。過去8日分が記録され、私の平均は4⚪︎4×。品がいい。8⚪︎は一度。8×はない。
7月15日(火)
ドイツ文学者・池内紀が晩年に書いた『ヒトラーの時代』が同世代の研究者達から批判されたことに対して舛添要一(同時期に『ヒトラーの正体』刊行)があげた、真当な怒りを文春オンラインで読む。6年前のことだが今こそ。
7月14日(月)
郵便を出しにポストまで行き、もう帰りはくたびれて花壇の前のベンチに座る。絶えず人が通る。子どもって必ず縁にピョンと登って歩きたいのね。背が丸かったりよちよち歩きだったり、年寄りが多い。私もその一人。
7月13日(日)
ウクライナの美しい室内用品を留めた本を持っている。70年代半ばにキーウに出張したとき、現地の日本友好協会から贈られたもの。少ないカラー頁のひとつにティーセットの写真があり、白地に大ぶりの赤い花が天真爛漫。
7月12日(土)
整理していて翻訳塾で以前に書かれた感想文に出あい、読み耽る。2007年、アレン・セイの絵本『Grandfather’s Journey』についての小田原の佐野さんの文がよく、変わりなくお元気で、と心の中で声をかける。
7月11日(金)
夕方6:30〜8:00にオンラインでジョージア語講座を受けると、かなり疲れる。画面に出ているのはほぼ顔だけなので、終わり近くにそっとコルセットを外した。でもこれから夜道を帰るのも大変。オンラインの力も見直す。
7月10日(木)
都内のあちこちに短期豪雨警戒。5時に新宿を出ると、稲妻の走りかたがまさに空から光片を落しているようで、月島からタクシーに乗る。川に覆いかぶさる濃淡墨色の空の後ろに幾つもの稲妻が隠れているようだった。
7月9日(水)
2週間ぶりの講座。帰って、夕方から7時まで眠る。フィラデルフィア美術館所蔵品による展覧会図録を見ながら、東京に着いたキュレイターから切羽詰まった電話を受けて他社の仕事なのにホテルに駆けつけたことを思い出す。
7月8日(火)
夕焼け空の下、女子中学生達が自転車を押して歩きながら話していて、笑い声が響く。曲がり角でひとりが「また明日」と言って、スイと離れていく。日本では当たり前のそんな日常が世界ではレアだという。守りたい。
7月7日(月)
課題として要望のあるミステリー短編を幾つかまとめて読む。でもある程度の長さがないと物足りない。原書で10〜15ページでピリッと落ちがあって・・と探す。そのうえ英語の読解力のつくもの・・キャロライン・ウィート?
7月6日(日)
「案ずるより産むが易し」ということわざきっと男が作ったと思う(上田結香)ーー今朝の朝日歌壇から。もう一首四人中三人の選者が挙げたもの。袋には十の言語で「もやすゴミ」そういう彼らと生きている町(木原幸江)
7月5日(土)
行けたかな、と思いながら今日も休講にしてもらう。土曜の横浜駅構内超過密帯が怖い。大きなスーツケースを引く中年、並んでベビーカーを押す若い二人連れ、数人で集まっている客人、スマホを見ながら歩く単人・・
7月4日(金)
ジョージア語購読・翻訳のクラスに今期から入る。オンライン受講環境を自宅に安定させ、今日は授業が始まるまで側でみていてくれた娘のおかげ。腰痛を忘れる時間だった。そういえばコルセットをするのも初めて。
7月3日(木)
森山総合クリニックの脊椎外科でレントゲンを撮る。腰の痛みは脊柱管圧迫とのこと。薬、湿布、コルセットをもらい、通りかかったタクシーで10分で帰って、ほっとする。都響の定期演奏会リハーサルを次々とスマホで聴く。
7月2日(水)
自分が心を通わすことのできる絵画は、まず抽象。次に静物、風景。人物像、群像。絵を描くひとは大勢いるのだから、話題になる作品がもっと生まれてきてほしい。いま例えば秋野不矩のような画家はいる?どこに?
7月1日(火)
白石かずこが1967年に若い女たちに向けて書いた『ある日、トツゼン恋が』を懐かしく眺める。1年前に亡くなった後、燃えるような惜別の想いが活字面に溢れなかったのは何故? 森茉莉が富岡多恵子が矢川澄子がいないから?