2025年8月

8月31日(日)
この2か月ほど、毎日1冊みてきた図録については、ひと休止。その最後が6日間だけ開かれた、実は戸惑いしか覚えなかった趣旨の展覧会。ただ作品はいずれも素晴らしく、小倉遊亀や片岡珠子や秋野不矩を見たくなる。


8月30日(土)
相撲は体重で階級分けしない格闘技として珍しいスポーツだそうだ。元大関・小錦さんが世界各地で「スモウショー」を手がけている記事が面白い。浴衣、まげ、雪駄といった物も、床山とか呼出しなどの仕事についても。


8月29日(金)
行けなくはないけれど・・と悩みになやんで今日の音楽会もキャンセルした。明日も講座があるので出掛けるのは気が重い。春に決めたことで、やはり3か月も先の状態は予測しがたい。その日その時に出来ることをしよう。


8月28日(木)
家にいれば夕方4時頃とか、出かければ夜になる前の7時とか、とても眠い。夜中はーー1時間半ごとに起きたりする。トイレに行きたいわけではなく。いま夜8時。新宿2クラスの日。我慢したりせず、眠ってしまおう。


8月27日(水)
京急の横浜駅下りホームに「タリーズ」があり、よく上階のラウンジで休んでからACCに行っていた。でもトレイを持って階段を上がれなくなった。最近、横の伊東屋跡がカウンター席になり久しぶりにコーヒーを飲む。


8月26日(火)
かつて卓上カレンダーを3年ほどビュフェ美術館から取り寄せていたけれど、銀行振込などが面倒でやめてしまった。久しぶりにHPを開くと三島駅からのシャトルバスがなくなり片道3千円のタクシーしかないことに・・


8月25日(月)
今週は4クラス全てある。新宿の毎週クラスは郵送式だし、教室で会うのは20人くらいになると思うけれど元気がもらえる。私としては、この2週間で何とか身体が動かせるようになってよかった。夜に雨が降るといいなあ。


8月24日(日)
歩いて5、6分のマルエツに買い物に行くだけで、それも買ったものは全部届けてもらうのに、35度の熱気の塊のせいで大仕事。でもカートに乗り切らないほどの食料品をシニアには100円で運んでくれて本当にありがたい。


8月23日(土)
電話でるみ子さんと共通の友人の話をする。彼はある宗教に身を捧げ、僧として大勢のひとたちを支え、悩みに応えてきた。でも一人も信者にすることができなかったと悔いている。人生、満足して終わらなくていい。


8月22日(金)
どこかの年齢に戻れるとしても、そう若くはなりたくない。愚かな私のことだから同じようにつまらない過ごし方をしそう。60歳かな。勤めから解放されて、定年後、もっと賢くありたかった。友の訃報に人生を思う・・・


8月21日(木)
アドリエンヌ・リッチ『女から生まれる』『嘘、秘密、沈黙』に続く『血、パン、詩』が新装復刊され三部作が揃った。女性のあるべき姿を根源から追うリッチの声を、ようやくジェンダーの問題意識が高まった日本で今こそ、響かせたい。


8月20日(水)
『暮しの手帖』の6-7月号は終わりの方の頁をパッと開けるようにしてある。平野公子さんのインタビュー記事最後の1頁がフルで公子さんと吉良幸子さんの立ち姿なのだ。こういう美しさは滅多に見られるものではない。


8月19日(火)
今夏、日に1冊、数十年前の図録を手に取る。いくつかの解説を熟読する。自分が企画、構成した展覧会の図録はほとんどない。あの日、企画部のあの私のロッカーに全て並べたまま去り、国際ニュースの世界に身を投じた。


8月18日(月)
今日は湿布を貼ることも忘れ、痛みが薄らいだと実感する。まだ立ち上がる時は不安だし、10分も歩くと立ち止まりたくなる。でもとにかく、あの激痛がずっと続くわけではないことが分かってよかった。立秋も過ぎたし・・


8月17日(日)
ガラス戸を閉じエアコンを効かせた涼しい部屋で、湯呑茶碗にたっぷりと淹れた熱い焙じ茶を両手で包む。パソコンに「東京 今の気温は」と聞くと、32度。明日の午後は37度という予告。青い夏空。怠けている、わたし。


8月16日(土)
コピーを取りに7-11に行く。外国の男性がキュッキュと原稿をおく面を磨いている。延々とやっている。私がシュークリームを買って戻っても、まだやっている。私は諦めて隣のスーパーに行き、きれいなコピーを取った。


8月15日(金)
まだ見ずに書く。今夜のNHKのドキュランド選再放送は『The Day Iceland Stood Still ー 女性の休日』。50年前、アイスランドで、女性の90%が仕事、家事、育児をやめて集結した日があった。男女平等最先端を見よう。


8月14日(木)
『サイレントシンガー』を読み終えた。これまでの作品より短い文章が重なりながら続いていく感じで、しばらくは詩を読むようなリズム感に身を委ね、それで、つい最後まで辿り着いてしまった。リリカの透明感がいい。


8月13日(水)
お盆休みで、まちの中は閑散としていた。ロイヤルホストで娘とランチ。脊柱管が圧迫されているため腰の痛みは続くと覚悟していたが、今日は終日おだやかだった。小川洋子の新作『サイレントシンガー』を読み始める。


8月12日(火)
ジョージアの16歳のピアニスト、ツォトネ・ゼジニゼの日本公演、作曲家バージャ・アザラシビリの著作権を生かして楽譜を出版した音楽家・碓井俊樹さんー2本の毎日新聞切り抜きを送ってくれた高校時代の友人。本当に嬉しい。


8月11日(月・休)
今日の江東花火大会は強風で中止。廣田家では3世代9人が集まってベランダで手巻き寿司、と楽しみにしていらしたのに。わがベランダの前のいつも揺れている木の枝の先に薄黄色の蕾か実がいっぱい。鳥たち、おいで。


8月10日(日)
一日中曇天に閉ざされ、時折、全てが雨粒に覆われ、時折、風に視界の中の緑をかき回される。でも大谷翔平がシーズン40本塁打! 本人も観客も瞬間的に確信打と思うのは、打ったときの音からだそうで、それを聴きたい。


8月9日(土)
今日から数日間の夏休み。グッゲンハイムの図録(30年持っていて読むのはおそらく初めて)で展覧会の開催自体にこれほど熱を込めた解説は読んだことがないと思うものに触れた。遅きに失するとはこういうことかも。


8月8日(金)
ジョージア語オンライン講座5回目。ようやく慣れたと言えるかもしれない。これまで途切れとぎれに、ほとんどネイティブの先生に習ってきた。初めて集中的に五月女 颯先生の翻訳のクラスに入り、文法が理解しやすい。


8月7日(木)
『ひとりのときに』を翻訳塾に最近入った方が読んでくれたという。懐かしくなりページを繰ってみる。2021年1年間の日記を読むと、今と変わり映えしない事柄が連なっている。コロナたけなわの時期だったとはいえ。


8月6日(水)
昨日の午後、群馬県で国内史上最高の気温41・8度を観測したそうだ。今日も暑かった。バスを待っている時、熱風にくるまれる感じだった。乗ってしまえば交通機関からビル内へと冷房を辿れるけれど、その合間も暑い。


8月5日(火)
シニアサロンで配管腐食問題について話を聞く、その前に、廣田彰代さんのお菓子をいただく日。今日は「黒砂糖ようかんー笹舟」と「わらび餅ーわらびの里」。ようかんの舟形と金粉が綺麗で、手製の豊かさを愛でる。


8月4日(月)
先日聴きそびれた「新しい耳」シリーズの『チョウ・カエ・ピアノ演奏会』について廻由美子・解説を読む。ウンスク・チン『Six Piano Etudes No.1』の冷たい湖の氷がパーンと割れるような第一音を身体で受けたかった。


8月3日(日)
1981年に近美で開かれた『マチス展』図録で、1951年の東博での『マチス展』について穴沢一夫さんが縷々述べている。戦後の混乱状態をとりわけ強く引きずっていた、あの上野でマチスとは! 父は観にいったかしら。


8月2日(土)
台風接近で開催が心配だった今日の江戸川区花火大会は、第50回として格別の「仕掛け」があったという。あの河岸に幾度横になって見上げたことか。もう出来ないけれど贅沢な時間だった。線香花火への追憶もありつつ。


8月1日(金)
「ルネ・マグリットが死んだ時に、新聞の写真を見てひとりの女性が彼のことを思い出した。少女の頃に白墨で地面に描いた石蹴りの枠を通行人たちが気にもかけずに踏みつけていったのに、唯ひとり避けて通ってくれた紳士だった。」(『ルネ・マグリット展図録』のマルセル・マリエン「マグリットの足跡」から抜粋)