連載 その①

「それ、取ってもらっていいですか?」

 ある日、いっしょに料理をしていたS子さんが、わたしのそばにあったネギのみじん切りを指差してこう言った。「それ、取ってもらっていいですか?」その日は彼女が料理の主役、わたしはお手伝い。親しい友人で、ときどき会って、いっしょに食事をしている。その彼女に「取ってもらっていいですか」と言われると、わたしはいつも少々苛立つ。そこで、「どうして、『取ってくれる?』とまっすぐに訊かないの?」と訊き返す。すると彼女はきょとんとする。わたしがこのややこしい表現に苛立つのが、彼女には理解できないらしい。彼女自身はていねいに言っているつもりなのだ。

「取ってくれる、でいいじゃない?」とわたしが言うと、わたしより5、6歳年下の彼女は、それは失礼で言えないと言う。「それなら、取ってくださる、は?」と訊くと、それではフォーマルすぎ、気取り過ぎ、と言う。あまりフォーマルにならず、しかもていねいに、ということで、「取ってもらっていいですか?」になるのだと。

 わたしがこの言葉遣いに反応したのは、じつは「~してもらっていいですか?」はいろいろな場面でよく耳にするからだ。「住所を書いてください」の代わりに「住所を書いてもらっていいですか?」「こちらに来てください」の代わりに「こちらに来てもらっていいですか?」「取ってください」の代わりに「取ってもらっていいですか?」。

 どうやらこれは、世の人々が、とくに若い層の人々が直接的な話しかたを極端に嫌うことと関係あるらしい。何々してくださいでは命令調に感じられるのかもしれない。上から目線でものを言っていると思われたくないという心理の結果、下から依頼する形で表現する「何々してもらっていいですか」になったのだろうか。

 もしかすると、「それ、取ってもらっていいですか?」は、すでにふつうの日本語として受け入れられていて、もってまわった言い方だと感じるのは、わたしだけなのだろうか?

「それ、やめてもらっていいですか?」と言ったら、通じるかしら?