翻訳断章2

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なるべく英文の頭から訳す。というと、主語と述語の関係がおかしな日本語になって困ることがあるが、要は、書かれていることを、その順番で理解し、なるべくその順番で表現するということ。例えば一つの文章がカンマで終わり関係代名詞でつぎの文章になっていたら、カンマまで訳してから、次に移る。後の文章の最後から延々と前に戻っていったりしないこと。


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英文に life という単語が出てきたら大いに悩むこと。本当に訳が難しい。生命、人生、生活、生物、正気、実物・・・とても大切な言葉なのに選択肢が多い。結局は文脈で決めなければならず、人生か生活かで文の意味が大きく変わることがある。また間違って使われやすいのが生涯という言葉。生涯は一生の間のことなので、生存している途中には使わない。


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意味が同じようでいて根底で違う英語と日本語は数多くある。例えば人名につける敬称の訳は難しい。Mr. や Mrs. には男女別という文化があり日本語の「さん」には性別は含まれない。Ms. をどうするか、さらに決め難い。英国で著名なMs. Jan Morris は Ms. に込められた意味の深さからミズ・モリスとしておくのがいいと思う。


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英文でよく使われる and をいつでも「そして」と訳さない。並んだ二つの英文の間によく and をおくのは、それぞれ主語と述語からなる完全な文章自体は何ら変化させないから。I read a book and she sang a song. 「ぼくは本を読み、彼女は歌を歌った」。述語が文の最後にくる日本語では先の文章の終わりを「読み」と接続形で終わり、ここに and を含めている。


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よく知られた暗記術の英語例を二つ。太陽系惑星の太陽に近い順「水金地火木・・」は英語では「My Very Educated Mother Just Served Us Nine Pizzas」で各語の頭文字が Mercury Venus Earth ・・と同じ。冥王星の降格で最後が様々に変えられた。もう一つ。円周率は May I have a large container of coffee?  これは文字の数を並べていく。3.1415926。


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最近の英和辞典は言葉の精度も高いし情報も多い。頼りになる。でも稀に満足できない訳もある。そのひとつが stride という単語。動詞が「大股で歩く」「またぐ」なのだ。そのため訳文の中で可愛い子ネズミが大股で闊歩することになる。その訳でぴったりの時もあるが、大方は「目的に向かってさっさと歩く」。訳語がおかしいかなと思ったら英英辞典で確認しよう。


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単語 know の訳は、いつも「知っている」「知る」だけではなく、文脈によって「わかる」も「気づく」も「覚えている」もありうる。もちろん他にも。どれを使うか決めるのが翻訳。必ずしも辞書に載ってる言葉だけではない。またしばしば出てくる you know に上記のような言葉を当てはめないように。「あの」とか「ちょっと」ぐらいの合いの手なのだから。


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辞書に載っている言葉が訳語としてすべてではない。訳に頻繁に登場しがちなのが「素晴らしい」と「美しい」。
おそらく多くの英単語の訳の一つとして辞書にあるからだろう。でも訳が単調にならないよう、原文の文脈によって、もっと様々な表現をしたいところ。素晴らしい、見事な、心地よい、立派な、晴々とした、すごい・・・


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易しい単語の意味を辞書で引くかどうか、そこが勘の働かせどころ。少なくとも文章を日本語にしてみて何かしっくり収まらなかったら、単語のどれかに他の意味があるのではないかと確かめること。Couldn’t you ask him here? (The Wind in the Willows)の ask には「誘う」「招待する」という意味もあると発見したい。


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よく悩むのは girl とboy の訳語。ひと昔前は「少女」「少年」となることが多かった。日本語ではあまり使われないのに。でも「女の子/女子」「男の子/男子」がいいとも限らない。要は小説でも新聞記事でも、文脈の中で日本語として自然な言葉を選ぶ。英語では非常に巾の広い言葉で、お年寄りを指すこともごく当たり前にある。